「⛪大学」カテゴリーアーカイブ

大学時代の出来事。

恩師の退官記念パーティー

学部卒業から6年、院卒業から4年の月日が過ぎ。
盛岡駅前のホテルルイーズで、
F研OB・OG主催で、恩師・F先生の退官記念パーティーが開催されました。
参加者は、現在の研究室の先生方、1期~7期(今春卒業)の一部。
<式次第>
・記念写真
・くじ引きで着席
・F先生の言葉
・S先生の乾杯の挨拶
・しばしご歓談
・F先生が帰るため自然解散
諸々の政治的理由でこんな時期の退官となったそうですが、
もともとビジネスの世界の人ですし、これからも精力的に活動されるようでした。
個人的には、これで大学との接点もなくなるなと、ちょっと寂しくなりました。

修士論文・合同審査会

本日は、院2年間の集大成、修論・合同審査会でした。
副査の不在など理由のある人を除いて、ソフト203, 204の2教室で発表会。
諸事情で、私は、朝1発目の発表に。聴衆は20人くらい居たかなぁ。
「先生方は欠点を叩くのじゃなくて、いいところを引き出そうと質問してくるから」
という言葉に気分的に救われ、カミカミながら、アドリブでポイントを強調しながら発表。
和やかな雰囲気で、先生方から、的確で、いい質問、コメントをいただきました。
最終的な学位判断は3月ですが、先生からは合格点いただきました。ヨカッタ。
前夜は、研究の欠点ばかり頭に浮かんで、1時間位しか眠れなかったのですが・・・
とにかく、これで、やっとゆっくり眠れます。
#陰ながら心配してくれた人たち、ありがとございました。ほんと、みなさまのおかげです

F研’03忘年会

年内最後のゼミでした.
Y先生から論文の途中チェックが入って、このままバリバリ書き続けるようにと。
晩は岩手町にある3年ササ宅(豪邸)にて,(院生,3,4年の一部で)F研の忘年会。
携帯が圏外なことと、バス停に普通に個人の名前がついてるのには驚いた。
3年タグチがササに「養子にしてくれー!」と頼んでたのだけは憶えてる。

SPA

木・金はSPA(Software Practice Approach)でした。
東京・多摩のメーカーへ、同じ研究テーマを扱っている3年ミツイとともに、
調査事項をまとめて質問と調査に。
これまで、謎に包まれていた部分がくっきりクリアになり、非常に為になる研修でした。
また、理論の抱える壁に対し、現場では力技で解決を図っていて、
SEのパワーを思い知りました。
(Software Engineeringって結局、現場なのだなぁと。)

学会発表の意義

昨晩は、発表会後の懇親会が終わって、スーツ姿のまま大学に直帰。
3年生が出す予定の、全国大会要旨締め切りを翌日に控え、一悶着。
前日段階で、3年生の出そうとしている論文に、新規性の有無が不明なものが多く・・・。
悪しき慣習に則れば、きっと、一部教員の「いい経験になるでしょう」の一言で、
発表レベルに無いものも発表することになってしまうという、ギリギリの状況。
夜11時。遅くまで残っていたY先生、3年生、4年生、院生の一部が集まって、
「これから、どうするか?」意見を述べ合いました。
なかには、「がんばってるのにー」とキレ出す3年生がいたり、
自己満足のために絶対発表すべきだという4年生がいたり。
学会は、内容に関係なく発表していい場所じゃないし、
単なる学生の尻叩きの道具でも、発表して自己満足を得るための道具でもない。

私は「(自分の経験を踏まえ)よく考えて、もし自分が発表レベルにないと認識したなら、
それを受け入れて、(教員に何と言われようと)今回は発表を見送ろう」と主張。
というか、このままなし崩し的に、体裁だけ整えて発表することは学生本人の為にならないし、
そもそも「全員が発表すること=指導体制がすばらしい」という、
相変わらず誤った定式が成り立ち続けるに危険性を感じたり。
「ギリギリまでがんばる」と言った3年生数名、
担当者、Y先生が徹夜して、最終チェックを受けましたが・・・
今日19:00締め切り。
3年生10名(発表済の1名除く対象者9名)中、情処申込者4名。
がんばったけど、出せなかった学生も1名いました。悔しいでしょう。
何もしなかったけど、一部の独断で出した学生も1人いました。問題の火種となるでしょう。
今回申し込んだ人も、次に挑戦する人も、これからが本当の研究。
うちらも出来る限りサポートするから、がんばれー

修士論文・予備審査

1週間、修士論文予備審査のスライド作成・発表練習に追われ、今日が発表でした。
これが、普通の予備審査じゃなくて、
岩手県情報サービス産業協会秋季セミナーにおける「(F研、W研、Sg研による)大学院研究発表会」(@マリオス)が、
なぜか予備審査扱いになってしまい、企業の方々50数名を前に、プレゼンすることに。
企業人相手ということで、「現場志向の研究」というフレーズを重視して発表しましたが、
人が多すぎるせいで、逆に、聴衆の反応が掴めず、しかも発表後の質問者もゼロで、
発表の成否がいまいち解りませんでした。
ですが、 Y先生曰く、後ろから見たら、「なるほど」と、頷いて聞いてる方々が多かったという話で。
まぁ、よかったのかな。
というか、予備審査で質問もらえないと、本審査に向けて修正できないー!!
#他研究室の同期さんの発表が聞けてなかなか面白かったです。

つながり感通信

今日のF研ゼミは、NTT環境エネルギー研究所・前田さんの講演。
遠隔間の親子を結ぶ「つながり感通信」のコンセプトはなかなか面白かった。
(参照:http://www.zdnet.co.jp/news/0107/23/tsunagarikan.html)
たとえば、高齢の両親の家と独立した子供の家にセンサーつきのFammilyPlanterを置いておく。
相手のFammilyPlanterのセンサーが反応するともう一方のFammilyPlanterが光る仕組みで、
子が「あぁ、今、実家の両親はテレビを見てるんだな」とか、
両親は「あぁ、息子の家では、親子団欒の時間なんだな」とか、
直接的な通信に変わる、「一緒にいる感じ」を得られるらしい。(発売は来年以降)
でも、大企業の企業研究者は、色々ジレンマを抱えていて大変らしいですよ。

Green Tourismの実態

本日のゼミは、F研2年生以上全員で雫石町・南畑地区の「コテージむら」調査。
コテージむらは県農業公社による52.7㌶の宅地建物付き農地分譲地。
約10年前のバブル期、東京・大阪など首都圏向けに、都会の喧騒を離れ、
農業を営みながら自然と共生できる場所として、 95区画の分譲地が売り出されましたが、
売れたのは5区画のみ。
96年以来分譲が凍結されていました。
99年にはその入植者の方々が集まって「雫石創作農園組合」を作り、独自の農業に取組む一方で、
昨年、県農業公社はグリーンツーリズムを軸とした「雫石・御所プロジェクト」をまとめ、
コテージむらの土地利用のあり方について取りまとめた。
また、今月2日には、東京・銀座に情報発信を目的とした
「生・活・人プラザ銀座ふるさと暮し情報センター」を開設し、
情報発信をおこなうことで分譲希望者の募集している。
今後はホームページなどを通して、コテージむらの情報発信を行っていくそうで、
こうした面でのフォローが、おそらく今回の我々の調査の趣旨。
実際にこの広大な土地を歩いてみて、最初、暮らすのに不便ではないかと思いましたが、
ココに住む組合長さんとその奥様から、直接話を聞いてみると、生活に不便はなく、満足しているそうで。
ただ、組合長さんのこの10年間の話
(会社を一念発起退職して、農業に関して素人同然でこの土地に来て、
農業で生計を立てていく過程の涙無しじゃ語れない苦労話)を聞くと、
この土地での仕事面(生計面)でのインフラ整備が必要なんじゃ?と。
それが解決されたなら、ワタクシもここに住みたいと思います。