御殿場を歩く

今週もJR東海主催の「さわやかウォーキング」で御殿場を歩いてきました。テーマは「御殿場桜祭り・秩父宮記念公園・東山旧岸邸ウォーキング」。
近所の桜は葉桜になりつつありますが、標高の高い御殿場の桜は、今がまさに満開。そんな見頃の桜を見ながらのウォーキングとなりました。

▼東山湖のさくらと釣り人たち
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■基本情報

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【主催】JR東海・さわやかウォーキング
【タイトル】「御殿場桜祭り・秩父宮記念公園・東山旧岸邸ウォーキング」
【距離】約8km
【分類】桜、祭り、家族向き
【地図】GoogleMap
【通過ポイント】
 ▶スタート:JR御殿場駅・箱根乙女口
 ✅①秩父宮記念公園
 ✅②東山湖
 ✅③東山旧岸邸(とらや工房)
 ✅④御殿場桜まつり会場
 ▶ゴール:JR御殿場駅・箱根乙女口
 ▶<+αルート>
 ▶富士仏舎利塔御殿場平和公園
 ▶二枚橋古墳
 ▶御殿場発祥の地
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■ウォーキングの記録

<JR御殿場駅・箱根乙女口>

御殿場駅・箱根乙女口で受付して、スタート。
今回のコースは、一部、「美しい日本の歩きたくなる道500選
『秩父宮記念公園と富士山絶景のみち』」を通るだけあり、
景色がいいコースです。
 

<秩父宮記念公園>

【所在地】御殿場市東田中1507-7
【入園料】300円
【おすすめ】★★★
【URL】http://chichibunomiya.jp/
秩父宮雍仁親王が過ごした元別邸を整備し平成15年に公開された公園。
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<東山湖>

【所在地】御殿場市東山1077
【おすすめ】★★★★★
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1667年に大阪屋長右衛門が築堤した灌漑用人造湖。
今は東山フィッシングエリアとして、ニジマスが放流されています。
湖の周囲には桜の木が植えられており、この時期、本当に綺麗。
(ちなみに、東山湖は散策はOKですが、花見(宴会)はNGだそう。)

<東山旧岸邸>

【所在地】静岡県御殿場市東山1082-1
【入場料】500円(とらやの羊羹付)
【URL】http://www.kyu-kishitei.jp/
▼東山旧岸邸
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著名な建築家・吉田五十八氏が設計した岸信介元首相(安倍晋三元首相の祖父)の別邸。
2003年御殿場市に寄贈され、現在整備中の観光施設「御殿場東山ミュージアムパーク」
(仮称)の目玉施設となっています。敷地内には、とらやの工房も併設されています。
三島や箱根もそうですが、御殿場も別荘地として発展した都市。
元首相の豪邸は立派で庭もよく手入れされていましたが、建造物の価値はわからないです。
▼とらや工房
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<御殿場桜まつり会場>

出店に行列ができていましたよ。
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―― コースを外れて ――

<富士仏舎利塔御殿場平和公園>

1964年に三徳社長・堀内定良氏が私財を投じて開いた公園。
シンボルは、遠くからでも見える、仏舎利塔。
園内には、寺院をはじめ仏教関係の建造物が並んでいますが、
全体に和風でない。東アジア、東南アジアの観光客が多く、
日本語以外の言語が飛び交っていることもあり、外国旅行の感覚になれます。
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―― コースに戻って ――

<JR御殿場駅・箱根乙女口>

ゴール。さわやかウォーキング2本目完歩。所要時間3時間30分。
先週の12.6kmのあとの、8.0kmはかなり楽勝でした。
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―― ゴール後 ――
物足りないので、さらに御殿場駅富士山口方面をウォーキング。

<二枚橋丘陵古墳>

【所在地】御殿場市二枚橋243
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御殿場小の隣、浅間神社内にある前方後円墳。いわれは不明です。

<御殿場発祥の地>

【所在地】御殿場市御殿場196
吾妻神社内にある「地名・御殿場発祥の地の碑」。
「御殿場」の地名は、1615年に徳川家康が駿府と江戸を往来するため
の宿泊所としてこの地に御殿を造営させたのに由来。しかしながら、
家康は造営の翌年死去したため、御殿場の御殿を使用しなかったという
エピソードがあります。
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【説明板より】

徳川家康公の御殿跡
 元和元年(1615)徳川家康公が駿府(静岡)と江戸を往来するための宿泊施設として大官庁長野九左衛門が田中割元頭の芹澤将監に命じて御殿を造営させた。これを御茶屋敷御殿ともいった。
 御殿の敷地は、東西五十間(約90メートル)南北四十五間(約82メートル)の広さがあり、周囲は高さ3メートル巾数メートルの土塁で囲まれていた。
 内部の施設は延宝五年(1677)の記録によると、周囲に竹林をめぐらし茅葺の屋根、松の柱の建物と、竹で編んだ垣根、屋敷の中を通る川には石橋が掛けてあり、東側に馬屋があった。
 この御殿の建設とあわせて、街づくりが進められ、人々を集めて御殿の周辺を御殿新町と称した。
 元和二年(1616)家康公の歿後は寛永十年(1633)に、御殿場地方の露主となった小田原城主稲葉氏が巡見や鷹狩のときに利用した。稲葉氏は慶安四年(1651)から四年の歳月をかけて大修理を行っている。
 ついにこの御殿も、貞亨三年(1686)に稲葉氏から領地を引き継いだ大久保氏の手によって解体された。
 御殿は造営されてから七十一年後に取り払われたが家康公ゆかりの地であると同時に御殿のあったということで、江戸時代の始めころ「御殿場」と称し、御殿場市の地名由来の発祥の地となっている。
 昭和五十六年一月吉日
 


■コースMAP

コースは以下の通りです。

より大きな地図で Gotenba Walking Tour を表示
#ウォーキングしてて気付きましたが、御殿場市には、勝又、勝俣、勝間田、
勝間、勝田…等の苗字が多いというナゾ。
あと、勝間田清一氏(元・社会党委員長)は地域の英雄?
(御殿場市役所と平和公園に銅像があった)